赤ちゃんとカフェインの関係とインド人からのメッセージ

朝起きたら温かいミルクティーが無性に飲みたくなって思わず飲んでしまうのだけど、どうもやっぱりそのあと授乳すると赤ちゃんには刺激が強そうで、ぜんぜん寝れてない気がする。その後仕事しようとすると寂しいみたいでよく泣くし、寝てほしさの為にまた授乳してしまって、娘がちょっと太ってきた…

これはやはりカフェインのせいかもとうっすらと予感する。

授乳中にカフェインはよくないというのはよくいわれる話で、自分がゆっくりするためにも、娘の為にもしばらく断とう。
最近確定申告もあったり、おかげさまで、出産後の仕事もばたばたと忙しくなってきて、無意識に欲望のままに行動することが多かったので、しばらく流されないよう意識的に生活してみたい。

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△生まれて2ヶ月とは思えない安定っぷり…2人目はとんでもなく早い。

先日知り合いの女性がoshoというインドの宗教家の話をブログにアップされていた。インド人が書いたとは到底思えない程、とても共感できたので勝手に転載させてもらいます。「子供に敬意をはらいなさい」…育児をする上でとても大切な気がします。

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OSHO「The Way of the White Clouds 」より。
「母親であることを義務と考えてはいけない。」
それを義務と思ったが最後、何かが死に、とてつもない価値を持つ何かが消えてしまう。
その関係性が壊されてしまう。
 それを祝福と捉えなさい。
 子どもは存在からの贈り物だ。
 子どもに敬意を払いなさい。
 ただ愛情をかけるだけでなく、敬意を払うのだ。
 もし敬意を払わなければ、愛は所有になってしまう。
 敬意を払っていたら、どうして所有することなど出来よう?
 尊敬している相手を、所有することは出来ない。
その考え自体が、醜く無礼だ。
人を所有することは、人を物におとしめる行為だ。
そして、ひとたび子どもがあなたの所有物になってしまうと、
あなたは重荷を背負うはめになる。
その時、それは果たさなければならない義務へと変わってしまう。
 母親達は、自分達がどれだけ大変なことをやってきたかと、生涯話し続ける。
真の母親は、自分がしたことについては何一つ語らない。
しかも語らないというだけではない。
彼女は自分がそれをしたと感じることもない。
彼女はそれを楽しみ、子どもに対して感謝しているのだ。
 それは子どもの誕生だけではなく、同時に母親の誕生でもある。
 一方では子どもの誕生だが、もう一方であなたの母性が誕生を迎えているのだ。
子どもはあなたを劇的に変化させてしまった
子どもはあなたを与えてくれた。
あなたはもはや同じ人間ではない。
女であることと、母親であることには途方もない違いがある。
 だから愛しなさい。敬意を払いなさい。
そして子どもの妨げにならないよう、成長の手助けをしなさい。
それは一番初めから気をつけなくてはならないことだ。
 そして、いいかい。自分の母親から学んだパターンを繰り返してはならない。
 そうなるのは自然なことだ
 なぜなら、それがあなたの知っている母親像であり、
自分の子どもにも同じ行為を繰り返すだろうからだ。
 そして、そうなるのはよくない。
 全く新しく在りなさい。
 自分の母親から学んだことは全て忘れなさい。
 新しいやり方で子どもに応えなさい。
 愛を与えなさい。だが決して枠組みを与えないこと。
 愛を与えなさい。だが決して人格を与えないこと。
 愛を与えなさい。だが自由は手つかずのままにしておくこと。
愛することが、子供の自由を侵害することになってはいけない。
 こんなにも小さな子どもの自由を考える人はどこにもいない。
 だが、それではいつになったら考えられるだろう?
 明日になっても子どもは小さいままだ。
 そして、明後日になっても。
 実のところ、あなたは自分の子どもが自由を獲得できるような、
成長した人間であるとは絶対に考えない。
 絶対に。
 なぜなら、あなたと子どもの年齢差は、常におなじままだからだ。
 その差が20歳あれば、それはずっと20歳のままだ。
 それならば事の始めから子どもに敬意を払い、自由を与えなさい。
ときに子どもが泣いたとしても、心配することはない。
ほんの少しの間、一人で泣かせておきなさい。
いつも慌てて、準備万端待ち構えている必要などない。
それは愛のように見えるが、実際はあなたは子どもの自由に干渉している。
子どもは時々泣く事を単純に楽しんでいる。
それが自分自身を表現する唯一の方法だからだ。
わめき、泣き叫ぶ、それが彼の言語だ。
泣かせておきなさい・・・何も悪いことはない。
その子は世界と関係しようとしているのだ。
あやしたり、すぐ乳を与えたりしてはいけない。
空腹でない時に乳を与えるのは、麻薬を与えるに等しい。
母親達は乳を一つの麻薬として使う。
乳を飲み始めるやいなや、
子どもは泣いていたことを忘れ眠りに落ちる。
それは心地よいものには違いないが、
あなたが干渉をし始めたというしるしだ。
子どもが本当に乳をほしがっているのでなければ、
放っておきなさい。
そうすればプライマルセラピー(感情発散療法)など、必要なくなるだろう。
プライマルセラピーで泣き叫んでいるのは、
幼児期に干渉され、一度も泣き叫ぶことを許されなかった人達だ。
 子どもにあらゆることを許し、自分自身であることを感じられるようにしてごらん。
子どもの行く道から少しずつ手を引いてごらん。
手を貸してやるのはいい。だが育みながら、子どもがひとりで成長するよう、
見守ってごらん。
時々、子どもが間違ったことをやろうとしていると
感じた時でさえも、あなたは判断を下す立場にはない。
あなたから見て子どもが間違ったことをしていたとしても、
それは単に「あなたから見て」というだけの話だ。
それはあなたの意見であって、
子どもは間違っていないかも知れない。
その子はあなたの意見に従うために、
この世に生を受けたのではない。
子どもは無力だから、
あなたの意見を押し付けるのはいともたやすいことだ。
子どもの生死はあなたにかかっていて、
彼はあなたの言うことを聞かなくてはならないからだ。
あなたが「止めなさい」と言ったら、
どんなにそうしたいと思っていても
子どもはそれを止めなくてはならない。
あなたに逆らうのは危険だからだ。
真の母親は、
自分の子どもに大きな自由を与える。
たとえ母親の意に反することをしたとしても、
その子は自由を与えられる。
子どもにはっきり言っておきなさい。
「それは正しくないというのが私の考えだけど、
お前がそれをするのは自由だよ」と。
子どもに自分自身の経験を通して学ばせなさい。
そうやって人は真の成熟を迎える。出なければ人々は幼稚のままだ。
年の数は増えるかも知れないが、彼らの意識は成長することはない。
肉体的な年齢ば50歳かもしれないが、頭の中は7歳で止まったままだ。
そうしたら彼らは成長するのを止め、ただ従うだけになる。
あなたの愛を与え、経験を分かち合いなさい。
だが、決して押し付けないこと。
そうすれば、その子は素晴らしい人間に育つだろう。
成長するためには保護することと、しないことの両方が必要だ。
庭師が草木を育てるのを見てごらん。
彼は手を貸し、草木を保護する。
だが日の光に当たり、雨に、嵐にさらされるという自由も与える。
戸外に待ち受けるあらゆる危険から守る為に、
草木を屋内に入れたりはしない。
家の中に入れた草木は枯れてしまう。
温室の中の植物は不自然だ。
そして私たちは過保護な親達のおかげで、
みな温室育ちになる。
子どもを守ってはならない。守らず放っておきなさい。
影のようについてゆきなさい。
世話をしてやりなさい。そして危険過ぎる時は守ってやれるよう、
バランスをとるよう心がけなさい。
だがそそれほど危険でないと感じたときには、
好きにさせておきなさい。
子どもが成長すればするほど、
より大きな自由を与えなさい。

はるや日記より(いつも面白い話ありがとうございます)>